発達が気になる子が輝く柔道&スポーツの指導法(酒井重義 NPO法人judo3.0)

2022年1月15日、未来の体育共創サミット2022にて、セッション「発達が気になる子が輝く柔道&スポーツの指導法」を担当した酒井が概要を報告させていただきます。

1. セッションの概要

標記のテーマで、(1)発達障害の捉え方、(2)子供との関わり方、(3)運動プログラムの作り方、(4)組織力のあるスポーツの活用についてそれぞれ話しました。

(1)発達障害の捉え方

発達障害の捉え方を変えて、実は体育やスポーツ関係者の役割は大きい、ということを知ろう、というのがここでのメッセージです。

運動には、記憶力、集中力、判断力、創造性、意欲などを向上させ、不安を減らすなど脳機能全般を向上させる効果がありますが、これは発達障害あるなし問わず認められる効果です。

このような運動が脳に与える効能を知れば知るほど、発達に凸凹のある子供たち(以下「凸凹の子供たち」)への体育の意義をより理解できるようになります。さらに、各種の発達障害に対する運動の効果についての研究は進んできています(詳しくはジョン・J・レイティ「脳を鍛えるには運動しかない」(NHK出版)を参照)

発達障害というと、多くの場合、問題行動やコミュニケーションなど、他人や集団との関係でうまくいかない点に焦点が当てられてきました。しかし、2017年、NHKスペシャル「発達障害 解明される未知の世界」が放映されたように、近年、感覚過敏など「感覚」や「身体」への注目が集まっています。

体育スポーツ関係者が注目すべきことは、自閉スペクトラム症やADHD、限局性学習症などの子供たちの多くが「不器用さ」を持っていることが明らかになってきたことです(極端に不器用で生活に支障があるような場合、DCD(発達性協調運動症)と診断されます)。

余談ですが、発達障害は「神経」に何らかの発達不全がある障害と評価されています。神経の主な役割が筋肉を動かすことにあることを考えたら、「神経」に発達不全があれば、その発達不全が身体の動きに現れることは自然ともいえるかもしれません。

いずれにせよ、「分かりにくい」といわれた発達障害が、「不器用さ」という体育・スポーツ関係者にとっては「分かりやすい」形で表出しています。そして、不器用さの改善、よく体が動くなるような支援は、発達障害あるなし問わず、 体育・スポーツ関係者の最も得意とするところです。

身体がよく動くなるような支援は、広く学習、発達につながっていきます。縄跳びができなければ、縄跳びをする友達と遊ぶことができません。体力がなくてすぐに疲れるのであれば、「話したい」と思った人のところに歩いて近づくことができません。鉛筆をうまく使えなければノートが取れません。身体がよく動く、複雑に動くようになることは、他者とコミュニケーションを広げ、深めていくプロセスです。「身体」にアプローチすることで、子供たちの「体」とその先にある「社会性」の発達を支援することができます。

以上、運動が「神経」や「脳」に優れた効果があり、発達障害を一種の「身体」についての障害と捉え、「身体」へのアプローチを通じて、「身体」と「社会性」の支援ができる、そのように捉えることができたら、体育・スポーツ関係者には大きな役割がある、ということが実感できると思います。

(2)子供との関わり方

凸凹の子供と関わると、「何度言ったらわかるんだ」とか「もうこの子に何を言っても無駄だ」と思ったりして、子供とどのように関わったらいいか、悩みます。

行動の前後の状況に注目して、その前後の状況を変えることで行動を変える、という「応用行動分析」という特別支援教育で定評のある手法があります。

子供が問題行動を起こすたびに叱る、という対応をしているのであれば、叱る前に、自分が事前に何か準備をしていたか、を確認してみましょう。子供の行動を予測しようと思えば予測できると思います。予測できるのであれば準備ができます。反射的に叱る前に、事前にできることがたくさんあったことに気づくことが第一歩となります。

(3)運動プログラムの作り方

例えば、柔道の投げ技がそうですが、様々なスポーツは複雑な動きをします。その複雑な動きができないとき、それを身につけるため反復練習をすることが多いと思います。

複雑な動きは、単純な動きの組み合わせでなりたっており、複雑な動き、単純な動き、どちらもその土台は、身体が不安定な状態になってもバランスを保ち続けて二足歩行ができることにあります。

発達に凸凹のある子供の場合、そのバランスを保つ力に課題があることが多く、バランスを保つ力は体幹の動き、姿勢と関係しています。

例えば、四つ這い、腹ばいなどの動きは二足歩行をするための前提となる四足歩行であり、体幹をよく動かす運動ですが、小学生でも、四つ這い、腹ばいがうまくできないことは珍しくありません。

多くの柔道の技は片足になるため、片足でバランスを保つ力が向上しないと技は向上しません。ここに課題があると分かったとき、限られた時間でどういう運動プログラムを用意するか。

例えば、鬼ごっこで急に止まったり、急に方向を転換するような単純な動きは、身体のバランスを保つ力を向上させます。打ち込み、投げ込みなどの複雑な動きを繰り返す反復練習と、鬼ごっこのような単純な動き、どちらがいいのかを考えてみます。

複雑な動きができないときは、単純な動き、その土台となるバランス(姿勢・体幹)に注目して、運動プログラムを組み立てることが有益です。

(4)スポーツの組織力を活用する

1~3を通じて、なぜ体育・スポーツ関係者の役割が大事なのか、実際の教えるときどのような点に注意したらいいかを話しました。最後に最も大事な論点は、誰一人取り残さず、発達が気になる子供たちに対して、適切な運動を届けるにはどうしたらいいのか、という点です。

小生らが運営するNPO法人judo3.0は、全国に8000弱ある柔道クラブや柔道部に注目して、ここでより多くの凸凹の子供たちが受け入れられるようになったらと思い、指導者向けに発達障害と柔道指導法についてのワークショップを開催しています。

スポーツには組織力があります。私たちは柔道にフォーカスして試行錯誤していますが、それぞれのスポーツが、凸凹の子供たちに運動を届けるよう組織的に動くことを願っています。どうしたらいいか、ここでぜひご参加者の皆様にご相談させていただけたら幸いです。

2. 参加者の声

  • 多様な生徒への接し方により工夫が必要だなと感じました。柔道は礼儀などによる規律、相手と組み合うことにより成長して感じるものがあるので、柔道人口が減少する中で新たな担い手につないでいけるよう努力していきたいと思いました。 (教員)
  • めちゃめちゃ楽しかったです。酒井さんのお話しを伺って、運動ってすごい、と思いました。実は体育って一言で言えば体を動かすことに他ならないとすれば、その方法や楽しみ方は無限大なのかも、と考えるとワクワクしました。狭い枠組みの体育から脱却して、このようなワクワクが一人でも多くの子どもたちに届くといいなと思います。ありがとうございました!

3. セッションを終えて

参加者の皆さまから様々な質問や感想をいただいて新しい気付きをいただき、とても有意義な機会となりました。改めて、ありがとうございました。

4. セッション紹介

セッション名
発達が気になる子が輝く柔道&スポーツの指導法

セッション内容
柔道者やスポーツの指導者からみて、発達障害をどのように捉えたらいいのか、何ができるのか、運動プログラムを作るときどこに着目したらいいのか、など、発達に凸凹のある子供たちへの柔道やスポーツの指導法についてお話させていただきます。

講師
酒井重義氏
NPO法人judo3.0
全国各地で柔道関係者向けに発達障害と柔道指導のワークショップを開催、著書に「発達が気になる子が輝く柔道&スポーツの指導法」(共著)がある。