発達に凸凹がある子供の現状と体育-日本の小中高・アメリカの現場から-

【 登壇者 】

○ 竹尾浩輔氏(熊本県 小学校教諭)
○ 中村敬一氏(兵庫県 中学校教諭)
○ 松下祐樹氏(埼玉県 高校教諭)
○ 小野明子氏(アメリカ 特別支援学校教諭)

【 セッション概要 

○ 日時 2022年1月19日(水) 19:00~20:30
○ 内容
日本において「特別支援教育」という言葉の認知が広まりつつある今日、果たしてどれだけの人が正しく理解し、行動しているのかは疑問があります。それは、学校現場においても同様であり、我々教師もまだまだ現状に知識が追い付いていないのが現実です。そこで、思考が偏ることなく、多面的・多角的な視点を採り入れ、児童生徒がよりぐんぐん成長できる環境を作り出すことを目標とし、現場で抱えている課題や問題等の情報交換を行いました。今回は、我々の専門である「体育」の視点から考察をしました。

○ 竹尾浩輔氏(熊本県 小学校教諭)
3年生を受け持ち、交流学級での授業にいっしょに参加している。担当している児童は、体育や運動が好きで、授業中の気づきを言えたり発言ができたりする。一方、体育の授業では、自分の中のルールにこだわったり、所定の場所に並べなかったりする。また、体育のみならず授業内容が難しいと判断すると、固まったり消極的になったりすることがある。給食では本人も自覚しているが、食べることだけに集中できないため食べ終わるのが遅い。その点を考慮し、全体の「いただきます」のあいさつよりも早めに食べ始める等工夫はしているがなかなか改善されない。
困っていることとして、以下4点を挙げる。
1点目は、児童の気分にムラがあること。そのため授業で行う課題等をやり続けることが難しい。2点目は、運動の幅が広がりにくいこと。幼少期より運動遊び等身体活動の経験が少ないことが要因の一つとして考えられ、そのため新しい身体活動に対して消極的になってしまう。3点目は、体育に対する苦手意識が高まること。就学前の遊びから、小学校低学年の体育内での運動、小学校中学年の体育へと移行する中で授業における体育になじめず、苦手意識を持ってしまう可能性があるということ。4点目は、教師が求めることと児童がやりたいこととのズレがあること。学習指導要領に沿って授業を行ったほうがいいのか、教師の得意分野に重点を置き行ったほうがいいのか。しかし、いずれにしろ児童は求めていない。

○ 中村敬一氏(兵庫県 中学校教諭)
現行(令和2年度現在)の保健体育科の評価基準は「指示通り動くことができること」と「運動ができること」である。一方、発達に凸凹がある生徒は、その生徒の特性にもよるが、じっとできなかったり、指示通り動けなかったり、運動が苦手だったりすることが多い。
つまり、現行の体育は、個の特性を理解し、個に応じた配慮を求められる特別支援教育と相反するものであるため、発達に凸凹がある生徒にとっては我慢を強いられる内容である。
また、発達に凸凹がある生徒は、幼少期より「他人と群れて遊ぶ」経験が少ないように感じる。その中でしか得られない社会性や協調性が、普段の生活からあまり見ることができないからである。集団で行動するのが苦手といった特性も考慮するが、その経験の無さが、授業の辛さをより深刻なものにさせている一因と考えられる。

○ 松下祐樹氏(埼玉県 高校教諭)
じっと座っていられなかったり、暴言を吐いたり等落ち着いて学校生活を送ることが難しい生徒がいる。それらの行動をする理由を本人に訊いても「ただなんとなく」等要領を得ないことが多い。以下に行動のいくつかを紹介する。
 授業中に教室内の傘立てで寝そべる
 体育の授業中、友達の脱げた靴を拾って走り出して遠くに捨ててくる。
 朝の会でお弁当を食べ始める。
 場面緘黙 等
全体の印象として、これまでの失敗経験の積み重ねで自己肯定感が低く、何事にも意欲的に取り組むことができない。
また、高校という現場の特徴と生徒の特性の折り合いがつかないことで、当該生徒への対処に苦慮する場面も多い。以下にそのいくつかを紹介する。
 学校が設定した基準をクリアすることで「高卒」を認定される。たとえ発達に凸凹があったとしても考慮されない。
 評定や生徒指導等すべてにおいて、全生徒に対して“平等”であることを求められるため、「個への配慮」がされにくい。
 就職先である企業側は、「個への配慮」が必要な生徒は求めておらず、一般企業への就職は難しい。
最後に、発達に凸凹がある生徒たちの成長と将来を保障するためにも、徹底的に個々の学びに寄り添える学校・体育であるべきだと強く感じる。

○ 小野明子氏(アメリカ 特別支援学校教諭)
日本の学校とは全く違う世界に住んでいる印象を受ける。ボストンの特別支援学校での方針や考え方を以下に紹介する。

表1 Daily Life Therapy (生活療法)

● A holistic,24hour approach to education
(教育への全体的な24時間のアプローチ)

● Educate the whole child’ by nourishing their body and mind
(心と体に栄養を与えて「子ども全体」を教育する)

● Use group dynamics to promote social interactions and peer modeling
(集団力学を使用して社会的相互作用とピア模倣を促進する)

● Predictable visual schedules and checklists
(予測可能な視覚的なスケジュールとチェックリスト)

 人間の成長を、家を建てることで表す場合(図1)、その中心として考えられるのがThe Three Pillars(3本柱)である。その中に我々の本分である体育が含まれていることは喜ばしいことであるが、同時に重責を感じる。

ボストン特別支援学校における体力づくりの取り組み内容(表2)は、年齢に応じた身体活動を行い、有り余るエネルギーの発散をさせることにより落ち着かせたり気分を調整させたりすることがある。また、本校に多く在籍するLevel3(非常に十分な支援を要する)の生徒は、言語よりも音楽や身体やアートを使って意思表示を行い、自己認識を図る。さらに、休日や卒業後に家族やコミュニティの仲間と一緒に運動するなど余暇を楽しめるよう、自転車に乗れるようにしたりカヤックができるようにしたりなど運動を教えることも行っている。

表2 The First Pillar(体力づくり)

● Age-appropriate physical activities(年齢に応じた身体活動)

● Energy diffusion(エネルギー発散)

● Mood regulation(気分調節)

● Self-awareness(自己認識)

● Community recreation opportunities(コミュニティレクリエーションの機会)

【 参加者の声 】

「講師も参加者の方のお話もいずれも興味深い内容が多かったです。」

【 感想 】

北原キヨという日本人教育者がいた。今は故人だが、小学校の先生であり武蔵野東学園を創設し、生活療法(図1)を作り出した女性である。このレポートを作成するうえで小野氏の職場であるボストンヒガシハイスクールのHPを閲覧した際、学校の歴史の中に日本人の名前を発見した。調べてみたところ、ボストンヒガシハイスクールの設立には彼女の影響が大きかったそうだ。まだまだ不勉強である私は残念ながら生活療法という言葉や考え方を知らなかったが、今回のセッションで特に聞き入った小野氏の内容の基礎にあるものは実は日本人が考えたものであったいう事実は、私には皮肉であるように思えてならない。
話は変わるが、4年前にサッカー指導者研修でドイツへ行き、5歳児の試合を観戦して衝撃的だったことがある。それは、緩いことだ。コーナーキックはない、スローインのフォームは無茶苦茶、ハーフタイムのミーティングは延々と続き子どもたちだけで行っているし、それぞれのチームのコーチはセンターサークルに集まり談笑している等々。規則通りに動くことを厳しく指導していた当時の私は軽いパニックになり、現地で指導をされている方になぜこんなにも緩いのか等々質問をし続けた。その方は、最初は機嫌よく丁寧に説明してくれたが、徐々に不機嫌になり、最終的には「(そんなこと)どうでもいい」と言われ、口をきいてくれなくなった。あとで教えてくれたことだが、大切なことは子どもたちが楽しんでサッカーができることであり、そのためにはルールを少々捻じ曲げたってかまわないというのである。
つまり、私の質問内容は、子どもたちの成長にプラスになる影響力はまったくなく、却って妨げになる可能性もあったということだ。ルールという箱に子どもを押し込むのか、子ども合わせてルールを柔軟に変化させるのか、の違いといったところだろうか。
この考え方は特別支援教育に通じるところがあると思う。本当に大切なことは何なのか事の本質を見抜き、そのためにできることを全力で行う。間違えても大人の都合で子どもたちにしわ寄せがいってはいけない。
そして、ドイツで見た光景と小野氏の発表スライドにあった現地の様子との共通点は、こどもたちが楽しそうということだ。そこに至るまでの葛藤や維持する大変さも含め関係者の方々のご苦労は察するに余りあるためどんな言葉で表現しても軽くなってしまうが、とても幸せそうなのである。そんなこどもたちに囲まれているとこちらも自然と幸せな気分になるし、その幸せを守ってやりたいと思うだろう。
翻って私自身はどうだろう。果たして幸せな顔をしているのだろうか。常にプレッシャーを感じ、愚痴を言い、眉間にしわを寄せてはいないだろうか。そんな顔をしている教師といっしょにいて生徒たちは幸せなのだろうか。そんなことを考えながらこのレポートを書いている。
今回のセッションでは、中学校に勤務している私にとって、場所は違っても同じ日本で似たような悩みを共有できたことで、不安が解消され、今後の活力になった。また、アメリカの現状を学んだことで日本の特別支援教育の遅れを痛感しつつも、今後の指針となるべきものを見つけることができた。セッション以降少しずつだが運動を学習に採り入れ、柔軟に対応できるよう取り組んでいる。3月に本セッションのその後の報告会があるが、いい報告ができるよう頑張りたい。
最後に、本セッションを通してたくさんの気づきを得ることができた。ファシリテーターの酒井さん、登壇者の竹尾先生、松下先生、小野先生、そして本セッションの関係者の皆さんに感謝申し上げたい。

(中村敬一)

【 セッション紹介 】

発達に凸凹がある子供の現状と体育-日本の小中高・アメリカの現場から-
学校で、発達に凸凹のある子供たちはどのような状況にあって、体育には何ができるのか。
日本の小学校、中学校、高校、そしてアメリカの特別支援学校の教員がそれぞれの視点からお話をさせていただき、参加者の皆様と共に話し合います。
2022/1/19(水)19:00-20:30
カテゴリー≪学校≫
竹尾浩輔氏(熊本 小学校教諭)
中村敬一氏(兵庫 中学校教諭)
松下祐樹氏(埼玉 高校教諭)
小野明子氏(アメリカ 特別支援学校教諭)